滋賀大学オーケストラ
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曲目解説


「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲 ワーグナー

 歌劇「マイスタージンガー」はワーグナーの歌劇の中で唯一の喜劇である。大筋は靴屋の親方ハンス・ザックスが市民籍を求める青年騎士ワルターを助け、歌合戦で優勝させワルターの愛する美少女エーファの花婿となる権利を得させる物語りであるが、親方が青年騎士を助ける中で、親方自身の悟り(元々親方はエーファを再楯の相手として考えていたがそれは間違っていたと悟る)や邪恋の書記親方の失敗(青年騎士に敵意を砲き、騎士の歌詩を自らの詩として歌い大失敗をする)また規則でがんじがらめの芸術への否定などを含んでおり、その親方歌手の民衆の中での存在の大きさや、青年騎士の感情などがこの前奏曲でメロディーとなってあらわれている。 この前奏曲の中には、大きく分けると7つの動機があり、その提示や融合、反復などでこの曲は成り立っている。
 我々がワーグナーの曲に挑戦するのは初めてであり、ベートーヴェンやモーツァルト、ドヴォルジャーク等の演奏しかしてこなかった我々にとっては、かなり理解に苦しむ曲である。大変多くの綺麗なメロディーが重なり合い、どうしてこの旋律とあの旋律がはまるんやという疑問を抱いてしまうくらい、見事なというか難しい曲である。
 冒頭の和音をよく聴いていただきたい。あの単純で、大抵の人が知っている、ド・ミ・ソの和音である。この和音はあまり広がらないイメージがあるのだが、この曲にするとどうだろう、もの凄い広がりのある和音である。ここにワーグナーのオーケストレーションのうまさがあらわれているように思われる。是非ベートーヴェンの交響曲などと比較して聴いていただきたい。


「アルルの女」第2組曲 ビゼー

 「劇音楽の不遇の天才」と呼ばれるビゼーは、十歳の誕生日を迎える前には、パリ音楽院に入学し、十三歳で、アントワーヌ・マルモンテルのピアノクラスで1位を獲得するほどの並外れた楽才をもっていた。その才能は、ベルリオーズやリストなど当時の名高い音楽家からも高く評価されている。十八歳には、カンタータ<クロヴイスとクロティルド>でローマ大賞を受賞するという前途洋々たる船出であった。しかし、病気や戦争による厳しい生活等、度重なる不運のためか、大衆から歓呼をも思って迎えられたのは、三十六歳という若さで痛ましい死を迎えた後のことである。
 <アルルの女>第二組曲は、ビゼーの死後に親友のエルネスト・ギローがまとめ上げたものである。彼はビゼーの曲から有名な「ファランドール」等、3曲を選んでいるが、どういうわけか、現在ではほとんど忘れられかけているオペラ<美しいパースの娘>からの「メヌエット」も加えている。この曲は喜びに満ちたエレ方ントな曲で、コンサートファンからは愛されているが、プロヴァンス地方の農民を題材にした他の曲に挟まれて、多少おさまりが悪いようだ。
 現在では「第1組曲」より演奏回数が多く、ギローの卓越した管弦楽法は、ビゼーのデッサンをこの上なく輝かしものに仕上げ、少なくとも「アルルの女」が、今日これほどポピュラリティーを持つに至った原因の一つとしてあげられるだろう。


交響曲第4番ホ短調作品98 ブラームス

 『ヨハネス(ブラームス)は真の使徒だと思う。彼は多くのパリサト(偽信者)が数百年かかっても解き明かすことの出来ない黙示録を書くだろう。』ロベルト・シューマン
 ワーグナーがいた。リストもショパンもベルリオーズもいた。ブラームスはそんなロマン派音楽の全盛期に音楽家として出発した。彼らロマン派の作曲家達は音楽に無限の可能性と未来を求め疾走していたが、ブラームスはそれが無限ではなくなってきた頃に音楽家として出発した。そのため彼は彼自身の作曲活動の礎を未来ではなく過去、彼のもっとも尊敬するベートーベンの古典においたのである。
 彼のその懐古主義はこの最後の交響曲第4番にもよくあらわれている。
 この曲は重厚壮大であると同時に厳しい内面性をもっており、孤独、寂しさ、あるいは諦めにも似た感情表現が多く盛り込まれている。書かれたのが彼が52歳のときであるため、技巧的にはまさに円熟した巨匠の手によるものを感じるが、それ以上に、彼の年齢からか、作品は懐古的で、人生の秋の孤独感を感じさせる。彼は数々の大恋愛をしたにもかわらずその内気な性格のため生涯独身であった。このあたりも曲に大きく影響しているのかもしれない。

 一楽章 アレグロ・ノン・トロッポ:すすり泣き、あるいは嘆息にも似た旋律で始まる。この、人の胸をえぐるように切々と訴える表現の中には、彼の深い悲しみが見え隠れする気がしてならない。
 二楽章 アンダンテ・モデラート:フリギア旋法と呼ばれる、古い教会の碇法を用いている。徐々に高まる緊張感と昔を懐かしむような主題の反復は、まるで、教会に一人たたずみ、落ち着いた気分で過去を懺悔している様にも聞こえる。
 三楽章 アレグロ・ジョコーソ:ジョコーソ(陽気に)となっており表面上は確かに楽しげだが、逆にその表現からくる皮肉的な空しさはまるで自分をあざけ笑っている様である。
 四楽章 アレグロ・エネルジーコ・エ・パッショナート:「なんと言うすさまじいまでの激怒なのだ。」とは世界的指揮者であった故バーンスタイン氏の言葉である。この楽章はパッサカリアと呼ばれる8小節ごとの変奏曲で作られており、彼の言葉は冒頭8小節の主題に村して言われたものだ。この怒りの主題を正確に8小節ずつ時には激しく、時にはコラールの様に変奏しつつ全曲をしめくくる。
 二十数年しか生きていない僕達にとって、このプラームスの黙示録はとても理解できるものではありませんでした。それでも、一年間真剣に求め続けた答えが今日ここに表れると信じています。ブラームスが見た神を僕たちにも。