滋賀大学オーケストラ
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曲目解説


「エグモント」序曲作品84 L.V.ベートーヴェン作曲

 べートーヴェンは、この「エグモントヘの音楽」の作曲をウィーン宮廷劇場の管理人ヨーゼフ・ハルトウルから依嘱されていた。ハルトウルはシラーの戯曲とゲーテの戯曲を上演したいので「テル」と「エグモント」を選んだ。
作曲者には、べートーヴェンとギロウェッが予定されていた。初のべートーヴェンはシラーの「テル」を希望したがそれはギロウェッツにあてられ、ゲーテの「エグモント」が彼に依嘱されたのである。
 べートーヴェンは、単に依嘱されたから作曲したというのではなく、以前から尊敬していたゲーテの戯曲「エグモント」の内容に深く感動し、創作的情熱をもって作曲した。その作曲は1809〜10年にわたり、1810年5月24日に上演されたのである。この「エグモントヘの音楽」は、序曲と劇中の楽曲9曲から成立する。本日はこのうち、最も有名な序曲を、金管楽器のみで演奏する。


喜歌劇「こうもり」序曲 ヨハン・シユトラウスU世作曲

 “こうもり”というのは、ウィーンの公証人ファルケ博士のあだ名であった。何故その様な名で呼ばれたかというと、仮装舞踏会に、こうもり姿で出てきたのはよかったが、あまりに酔っばらいすぎて広場で寝込んでしまったからである。そして、彼は、その様な恥をかかせた友人のアイゼンシュタインが憎くてたまらないのであった。
 そこで、このこうもり博士ことファルケ氏が思いついた陽気な仇討ちの物語が喜歌劇「こうもり」である。今回演秦する序曲は、歌劇中の旋律を自由に束ねたもので、シャンペンを抜く豪華な音を描写した全合奏の3つの和音で始まり、曲の中頃には、第2幕のロシアの大貴族の邸宅でのパーティーのシーンで奏される有名な<親しい仲間>のワルツも出てくる。1874年4月5日にウィーンで初演された、シュトラウス一代の傑作ともされるオペレッタのストーリーである。


アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク W.A.モーツァルト作曲

 この曲は、セレナード様式の創始者をもいえる、モーツアルトの曲で、本来ならぱ弦楽五重奏なのだが、今回は、Fl2、ob2、cl3Fg2、Hr1の本管十重奏に編曲、演奏する。
 “小夜曲”とは文字通り「夕べの音楽」のことで、親しい人びとが寄り集まって奏する愛情にみちた、また全体にたのしい、喜遊性がちたものとなっている。
 この曲は全部で4つの楽章からできており、その各々が自由でセレナードの一つ一つの楽章を構成するのにぶさわしい。様式と曲想をもった、親しみのある曲に仕上げられている。

第1楽章 Allegro
第2楽章 Romanze Andante,リード形式
第3楽章 Menuett Allegretto,メヌエット形式
第4楽章 Rondo Allegro,ロンド形式


交響曲第7番イ長調作品82 L.V.ベートーヴェン

 この曲は1811年から約2年かけて、特に11年の秋から12年の6月にかけて作曲された。第6交響曲が完成された1808年からおよそ4年の歳月をおいてこの交響曲の作曲である。
 この時、べ一トーヴェンは同時に3曲の交響曲を作曲中であり、あとの2曲は8番と9番であると言われている。
 「第9」が完成されるまでには尚10年余りの年月を置かねばならないにしても、この3曲を同時に構想していたことは、第7交響曲を理解するにあたって大きな意味があるだろう。
 第1楽章は序奏付のソナタ形式で書かれており、いかにもべートーヴェンらしい堂々とした音楽である。
 第2楽章は葬送行進曲である。このことに関しては次のような2つの見解がある。ひとつは、当時ヨーロッパを覆っていたナポレオン戦争による多くの死者を悼む葬送の音楽であるというもの、もうひとつはギリシャ・ローマ的英雄世界の葬送音楽であるというものだ。
 1803年当時の幾つかの葬送行進曲が死に関連づけて生み出されている点などにより、べートーヴェンは第7交響曲においても、いにしえの世界に想いを馳せていたのであろう。
 第3楽章はスケルツオ的性格の楽章である。2楽章とは形式の点でともにA−B−A一B−Aという構造をとって一致している。内容的にはAとBという性格の異なる2つの部分を交互させることによって音楽的感興を高めようとしている。
 第4楽章はソナタ形式をとってはいるが、第2主題の性格はむしろ弱く、バッカナール(バッカスの察典)そのものといってもよいであろう。その求心性にいたってはもはや見事としかいいようがない。